【三】
ぼくは足もとに広がる街を踏み潰さないよう、なるべく広い道路や空き地を選びながら海を目指した。
何せ靴の長さだけで大型トレーラーぐらいある。爪先立ちで走ってるみたいで、足首が吊って筋肉痛になりそう。
ビルをハードルみたいに飛び越え、道路に駐まってる自動車を踏み潰し、田畑に足あとをつけながら走ってく。
眺めがとっても気持ちいい。この舞山市では13階建てビルが一番高いけど、最上階で見たのより倍ぐらい眺めがいい。
視界の向こうには、足を伸ばして港を破壊する巨大なイカの姿がはっきり見える。
どうやらこの格好のときは、眼鏡をかけなくても視力が回復するらしい。
ぼくの名前は鍋島樹(なべしま いつき)。美森小学校の6年生。
下校途中、友達の小野君や吉村君と別れ、お姉ちゃんの待ってる花屋さんのほうへ向かおうとしたら突然、イカのお化けが現れて。
たまたま近くにいた森下くんと物陰に隠れようとしたら転んで、眼鏡を失くして…
弾みでうなじから飛び出した、さくらんぼをかたどったペンダントに触れたら輝きだしたんだ。
これ、思い出せないぐらい小さいときからお守りとして、いつも身につけてたものだ。
握って『お化けがいなくなるように!』って祈ったら光に包まれて、身体がみるみる大きくなって。
『時はきた。戦いなさい、ウンメイのキシよ…』とか、わけわかんない気持ち悪い声が耳でささやいて。
気がついたときにはこの格好で、イカがぼくに向かって投げつけた貨物船を手で受け止めていた。
ぼくは昔から、お父さんにこう言われて育った。
『一本の大木のように逞しく生きろ。枝葉を広げて緑の恵みをたくわえ、強い太陽光からは人々を守る木蔭を。
嵐のときは雨風から守るような、強く優しい人間に育て』 …って。
樹(イツキ)という名前には、そんな願いを込めたんだって。
だけど今、地面には巨大な僕の影ぼうしができて、街の一部が暗くなって。
まるで一部分が曇り空に覆われたみたいになってる。
ぼく、育ちすぎちゃったかな…??
あとこの格好、上空の風にはちょっと寒いし、女の子の水着みたいで恥ずかしいよ…。
ま、愚痴なんて言ってられないか。今はやつと戦えるのはぼくしかいないみたいだから。
がんばって走って、港まであと10数歩という場所まで来たとき、
ぼくのレオタードのおち○ちんあたりにくすぐったい感触があることに気付いた。
蟻でも登ってきてるのか?って思って手でパンパン払おうとしたら、聞き慣れた声がかすかに耳に届いた。
『やめろ、叩(はた)くな!おれは人間だ』
ようく見ると、(ぼくの感覚からして)身長数センチの少年が、おち○ちんあたりのレオタードの生地に掴まり、ぶら下がってた。
首筋まである茶髪には見覚えがある。
「ひゃっ!もしかして…!?」
立ち止まると、少年はゆっくり、ぼくの脇腹のあたりを伝って登ってくる。
手のひらを差し出すと真ん中にちょこんと乗り、立った。
ぼくは自分の顔の高さまで手のひらを上げた。お互い顔を見合わせる。
「ふふふっ。やっぱり鍋島だったんだね」
「森下くん!無茶するなぁー」
クラスメートにおち○ちんを触られた…いや、おち○ちんに抱きつかれた…いや、ぶら下がられた…恥ずかしさを隠しながら言った。
「眼鏡取ったら結構、イケメンじゃないか。むしろいつもよりカッコよくなってるかも」
イケメンだなんて初めて言われちゃった。家に帰ったら鏡をよく見ようかな。
「それに…ピアス、よく似合ってるぞ」
指をさされた左耳に手をやると、さくらんぼのピアスがついていた。
どうやらあのペンダントと同じ形らしい。先生にあとで怒られないかなあー?
「おれも一緒に手伝うよ。鍋島一人じゃ危なっかしいから」
森下くんはいつもの何かを企んでるような、イジワルな目つきで見た。
「なんでまた急に?」
「堤先生も言ってただろ? 『古くからいる者』同士、<友愛>が大切だぞって。怒られてしばらくは、言われたことを守んないと」
つまり協力するのは先生向けのポーズってこと?
「けんかの仕方を教えてあげようか」
繁華街で、自分より年上の中学生の不良相手に互角のケンカをする森下くん。
ぼくの左耳の上へヨイショッとよじ登り、髪の中に身を隠した。
お化けイカには蝿の群れみたいに戦闘機がたかっていた。
でも、戦闘機の撃ち出した赤い点々がイカに跳ね返されちゃってるし。
ミサイルが爆発しても傷ひとつつかないみたいだし。あれ、効いてないんじゃないの??
『ヒッヒッヒッ!弱き地球人どもめ、我らが魔帝【チューリップさま】の足下に跪くのだ〜』
イカは蝿叩きみたいに足を振り回してる。鞭のようにしなるから当たったら痛そうだ。
「まてーーー!これ以上好き勝手は許さないぞ!」
ぼくはイカの前に立ちはだかった。
『おおっと、地球にも騎士がいたとは驚きだ。
チューリップさまへの手土産として、この<スクイディ>さまが血祭りに上げてやろう』
イカの言葉は音声ではなく、テレパシーみたいに頭へ直接響いてくる感じだ。
言い終わると、イカは真っ黒な墨をぼくの顔へ向けて吐いた。
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