【四】


巨大な少年戦士はお化けイカと向かい合っていた。海風が耳を中ほどまで覆う長さのさらさら髪を揺らし、
7月の太陽光が若い少年の瑞々しい素肌を輝かせていた。
そのあどけなくも凛々しい頬にべっとりついたイカ墨を、腕で拭う。

(落ち着いて鍋島。敵がどんな手で攻撃してくるか分かんないから、ここは様子を…)

様子を見きわめろ、と耳もとでアドバイスした諒貴の声は、「唾」を吐かれて頭がカーッと熱くなったイツキには聞こえていなかった。

「このやろぉっ、よくもぼくらの平和な暮らしを!」

(うわぁぁぁっ!ちょ…待って!)

イカを押し倒すように飛びかかってく巨体。

(あっちゃ〜〜〜〜〜〜……)

どちらかというと外で遊ぶより家に籠もってゲームが好きな、インドア派のイツキ。
中学テニス部で全国大会まで行ったスポーツマンの姉と違い、運動神経も中の下ぐらい。
取っ組み合いに慣れなくてケンカが弱いのは諒貴が一番よく知ってる。
イツキは両腿でイカの胴を締めると、イカの頭をげんこつのグーでボカボカと殴り始めた。

「スクイディ!このっ…このっ…死ね!消えろ!あっち行け!」
『痛ッ!あいたたっ!いってぇぇぇっ!』

バシャバシャと海水が飛び跳ね、大量の水を含んで張り付いたレオタードが男の子のシルエットを浮き彫りにしていく。
足下の港では既に何度も津波が起きて、車や材木が海に流出していた。
でも、イカも負けてはいない。足で少年の首をぐりぐり絞めつたり、ほっぺをパシン!と叩いたりしてる。

『パワー・インフレーション…』

イカは足に力を込め、強い力でドンとイツキの腹を突き上げた。

「うぐっ!」

ひるんだイツキの隙を見て、足首に巻きつく。

『秘技・リボルビング!』

そのままぶんぶんと洗濯物の脱水みたいに振り回される。なんて力だ…!?

「目が…まわる…」

ばねになったイカ足の鞭を放され、宙に放り投げられる少年。

どっか〜〜〜〜〜〜〜〜ん!

倉庫街の屋根を突き破る引き締まった尻。
ゴロゴロと勢い余って転がり続け、次々と倉庫の屋根を、その先に立ち並んだ臨海部のビルを…破壊していく。

「あいたたた…」

ズザザザー!とお尻で滑ってようやく止まる。
腰を押さえ仰向けに横たわるイツキの背にはビルの瓦礫や資材が山のように打ち寄せられ、
身体が転がった跡は何百メートルかにわたって建物が跡形もなく崩れていた。
人類の歴史において、最初にコンクリートを建築に使ったのは紀元前3世紀のローマ人だったといわれている。
まさに【頑強】の代名詞であったコンクリートの建造物が、あたかもお菓子の城の如く、
たった一人の小学生に破壊される日が来るとは誰が予測し得たであろうか?

(ウッ…目が回って気持ち悪い)
「ぼくのあたまにゲロ吐かないでよ森下くん!?」
(と、ときに鍋島。なにか武器になるものはないのかよ? 素手ではヤツを傷つけるのは難しそうだ)

耳元で囁いた諒貴の声に反応し、ふと半開きの眼を横へ向ける。


「きゃあ〜〜〜男〜〜〜!」
「えっち〜〜〜〜!!」


飛び交う黄色い声は、イツキの声よりさらに高い。
顔かちょうど臨海部に建てられたスポーツ施設の、女子更衣室の真横だったらしい。

(何のぞいてんだよ?や〜〜〜らし〜〜〜〜)

「いや、そういうわけじゃ…」

言い繕うが、若い美女の一糸纏わぬ全裸は、小学6年生のイツキには刺激が強すぎた。
今年中3になった由美お姉ちゃんとは、何年か前まで一緒にお風呂に入ってたけど。
あのときは女の子の裸を見たからって、特に何も感じなかった。
「ああ、お姉ちゃんにはぼくみたいなおち○ちんがついてないんだな」って気付いたぐらいで。

でも今回、何か心に化学反応が起こったかのように熱くなって。
視線はまだ更衣室の窓から逸らすことができなかった。
なんなんだろう、このドキドキする気持ち!自然と呼吸が大きくなってく。

一方の諒貴。
仰向けに倒れたイツキの頭部から海のほうを見渡せば、胸部を覆うプロテクターがなだらかなふたつの丘を作り、
ほんのり割れたお腹の大地がゆっくり上下し、さらに先に長くすらっとしたすべすべの腿、膝が見える。
ところが今まさに、お腹の下、なだらかに盛り上がっていたレオタードの丘がゆっくり、ムクムクと隆起していくのが見えた。
大地に訪れた地殻変動。熱き溶岩が流れ出さんばかりに押し上げられた男の子の証。
頂上に突き上げられた光沢ある生地が、太陽光に照らされ妖しく輝く。
その光景に呼応するように、諒貴のブリーフの中もまた、膨張した発育途上の性器が支柱となりテントを持ち上げていた。

(ふふっ、…ち…くしょぅ…)

髪の茂みがじっとり汗で湿る中、いつしか諒貴は、だんだん吐息の荒くなるイツキの顔を見ていた。
ヘアースタイルこそ違うけれど、眼鏡を外したら姉ちゃんそっくりじゃないか。

アイドル顔負けの美少女テニスプレーヤー。Y○NEXのラケットケースを背負った後ろ姿がハッと浮かんだ。
汗ばんだ髪の中、体温に乗ってイツキの匂いが鼻腔に広がる。

粉洗剤で洗って太陽に日干ししたときの半乾きシャツと、清潔な男の子のかいた健康な汗が混じったような香り。
それがいつものイツキの匂いだった。
でも、シャンプーの香りと混ざり合った今日の香りは、憧れの鍋島由美さんそのもの…!

思えば時々イツキにしてきたちょっかいは、鍋島由美にいちばん近いところにいた男の子にたいする嫉妬だったのだろうか?
いや、無意識的に引こうとしてきたのかもしれない。鍋島由美にいちばん似ているイツキの気を。
そういやおれ、鍋島樹に面と向かって「イツキ」って呼んだこと、なかったよな?

諒貴は切なく歪む髪型違いの鍋島由美を見ながら、イツキの耳の縁に跨るように、こわばった腰をツンツンとこすりつけ始めた。
地元テレビで放映され、雑誌のグラビアも飾った由美の、ラケットを構えた勇姿。
シャツに透けた白いブラジャー。ずれたスカートから覗いた、黄色い水玉模様のパンティ…。

細身に見えつつも均整の取れたイツキの肢体は、ちょっぴり由美を幼くしたみたい。
荒さを増すイツキの吐き出された生暖かい息が全身にかかる。足下から発散される地熱もぐんぐん上がってるみたい。
呼応して…俺も…ああっ、何なんだ、この感じ?? 硬くなったチ○ポがこすれて、何かこみ上げてくるみたいで…きもちいいっ!


由美さん……鍋島…由美さぁぁんっ!!


イツキの下では褐色肌で目の大きな、作業員風の大人たちが何人か、唖然と口を開けて見上げてるみたいだけど。
もうどうでもよかった。何か骨がとろけて吹き出てくるような感覚が電撃となって、身体の芯から沸き上がってきた。



と、その時−。





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