ズズズズズズ…!!
母なる大地が大地震のように揺れ動き始めた。
山の隆起に続き訪れた変動。
(うわわわわわわわわわわわっ…)
イツキの腰に張られた山が・・・テントがプルプルと激しく揺れ、まわりの建物がうしろへうしろへ動いてる。
(引きずられてるんだっ!)
足首に巻きついた触手がイツキをズルズルと、海のほうへ引っぱっているのだ。
夢心地から一瞬で眼が覚めた諒貴。
(鍋島!しっかりして!何かに掴まって!)
「そんなこと言ったって、掴まるものがないよっ!」
(このままじゃ海へ引きずりこまれるぞ!?)
『ふははははー、こっちへ来ーーーい♪』
地面をズルズルと滑るイツキの巨体。
海へ転落する寸前、右手が大型クレーンを掴んだ。
「くおおおおおっ!」
すべすべの右ワキから伸びた腕筋に力を込めて、踏ん張る。
でもクレーンは針金の太いやつみたいにあっけなく、ぐにっと曲がって根元から引きちぎれた。
ざっばーーん!
大型船舶の出入りする港湾は底が深く掘られている。
立てば足が着底しないことはないが、顔の上にイカがのしかかった。
頭を水面から上げられないよう押さえつけられ、息ができないイツキ。
ごぼごぼごぼ。
冷たい水に漬けられて、たちまち収縮していく若い陰茎。
もう、若い裸女のことなど脳から消え去っていた。
自分に降りかかったのは一転、生命の危機だ。
懸命に身体をよじり、くねらせもがく。
ゴボゴボゴボ。
水深何十メートルあるんだろう?
もし、150センチの鍋島樹にもどることができたなら、イカの足から逃れられるかもしれないけど…
コスチュームの金属プロテクターもなにげに重くて、胸とか足を下へ下へ圧迫してる。
そういえば…森下くん!? 森下くんは!?
(ふふふっ、おれならなんとかきみの耳の中に…どわあああああああああっ!洪水だ〜〜〜ごぼぼぼぼ…)
やっ、左耳に水が入った!! 抜かなきゃ森下くんが死んじゃうよ!ぼくの頭のなかで
ぶくぶくぶく。
イカの足が手足の自由を奪い、首を絞めつける。太陽に照らされた水面がだんだん遠ざかってく。
だめだ…、ぼくももう、息が限界。
水泳の授業、もっと真面目に受けときゃ良かったかな?
ああ神さま…
頭の中をいろんな顔が浮かんだ。
おねえちゃん…
向かいのおばさん…
おとうさん…
ブクブク…
意識が遠くなって、暗闇の淵へ堕ちていこうとしたとき。
頭の中に何かが聞こえて、ふと自分を取り戻す。
それは鼓膜にトントンと直接響いてきていた。
直接音階にはなってないけれど、このリズム。早さ。
時折「ドン!」と蹴られるような感触がちょっと痛かったけど。
これは…
数日前に教室に聞こえてた交響曲のリズムと同じことに気付いた。
旋律がくっきりと脳に蘇ってくる。
(イツキ!あきらめちゃ駄目だぁ〜〜!!)
…森下くん!?まだ生きてるんだね!?
(今までずっときみを見てきたけどっ!簡単にくじける奴じゃなかっただろうっ!鍋島イツキ!?)
え…今ぼくのこと、初めて名前で呼んでくれたよね?
(イツキ、あきらめるな。この街に平和を取り戻すためにもう一度戦おう?きみならやれる!)
だってきみは、あの鍋島由美の弟だろう!?
交響曲は力強さを増し、第4楽章のコーダをフィナーレへ向けて駆け上がって行った。
(ふふっ、葬送行進曲をひっくり返してやろう!)
△Back
▽Next